酸いも甘いも刹那的

心地良い安心感と世界一の幸せ者

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いつ、どこからかはわからないけど

手に入るものと手放すものが均衡して

今となっては価値の大小に関わらず、手放すものが増えてきているような気がする。

 

確実に増えていく年齢という数字と

確実に減っていく余命という数字があって

「減らないもの」に価値を感じるようになってきたまさおかです。

増えることより減らないことの方が大事。

でも預金より投資信託の方に魅力を感じるのもまた一興。

 

最近は人生が楽しくて、ブログを書けていなかった。反省。

楽しいことこそしっかり記録しておくべきなのだ。

 

新しいものを見たり、新しい人を紹介してもらったり

その一方でとても古い付き合いの人とまた繋がったり

縁というものを少し信じてしまいそうになるなぁ。

 

あと何分、あと何時間、あと何日、あと何年、あと何回

たらればを言い始めるとキリがないけど、そういうのがあってもいいよな。

 

梅雨も夏も苦手なので早く秋が来て欲しい。

絶対にない、ということ。

最近日に日に食事が億劫になってきているまさおかです。

美味しいものは好きなんだけど、食べるという行為が難しい。食べた後ちょっとしんどい。


叶うならドリンクかカプセルか点滴みたいなもので全栄養をバランスよく摂取したい。


そんなこんなで夜カフェしに来たバルからお届けしています。

金曜日の夜はみんな楽しそうで良い。

あちこちから色んな話が聞こえてくるのでまぁ飽きない。

大人の仲間入りしたような気持ち。


嘘を嫌うと嘘つきな自分のことも嫌いになった日があって、出し抜いたり、うまく立ち回ったりというものの上に積み上がったものはまぁ不安定やったなぁと思い返している。


なので、今日みたいな日は「なんだかんだいい一日だった」とは言いたくなくて

「それなりに微妙やったな、明日は良くしような」と思うことにしている。


誰かが丁寧に編み上げた時間の存在を思い知っている最近の僕です。

たかが。されど。といったところ。


友達に送っていたLINEを見返していて

なんかこう、しんどかったしきつかったんやなぁって思う。


いま、それもこれもあれも血となり肉となり僕を作っていて、今では大事な僕の一部やなぁと感じている。


周りの人に目を向けると、ほんとにそれぞれがそれぞれの理不尽と戦ってるし、抗ってるし、立ち向かっていて、すごいなぁと思う。

それに比べたら僕のなんて、大したことない気がする。

もっと楽しくて、もっと難しくて、もっと大変で、もっとワクワクする方を選んでいかないとね。


あ、お会計お願いしまーす。

天井に思考を泳がせていた日について

体調が悪いまさおかです。

 

最近3週間に一度のペースくらいで体調を崩す。

社会人としてはかなりだめ。

前より食事にも気を遣ってるし、睡眠も取っているし、運動もしているのになぁ。

 

というわけで本日はお休みをいただいてずっと寝ていた。

うつらうつらと現実と夢の間を行き来していて、懐かしい風景が出てきた。

温度も感触も香りも音だって思い出すことが出来て。

「最後」というものはいつだって少なからずマイナスなものが付随するのに、なんでこんなに優しいものとしてアウトプットされるんだろうなぁ、都合いいなぁなんて考えている。

 

僕の方が大切にされていたから、そうやって感じるんだろうなと思う。

気づくのはいつだって時間が経ってからなんだけど。

ほんま幸せもんやなぁ。

 

一人で生きていきたいと思う反面、大切な人がいる時間の素敵さも思い知っているのでどっちつかずやなぁって苦笑いの日々を過ごしている。

 

不安定な記憶の中を泳ぐような日はそんなことを考えていた。

そんなこんなの1日だったけど、休んでしまったので明日からまた頑張って働く。

好きとか嫌いとか

意外といいパパになりそう、まさおかとだったらむしろ0日婚の方が上手くいきそうと言われたまさおかです。

恋人だと「別れる」という選択肢があるので夫婦になってしまって、夫婦で乗り越える問題にした方がよくない?という話があったのですがあれはプロポーズなのでしょうか。

 

閑話休題

 

年々、好き嫌いがなくなってきている。

音楽の趣味や、人にしたってそう。

昔は食べられなかったピーマンが食べられるようになったのと同じように、知らない間に許容できるようになっていたりする。

 

そういう気持ちをあの公園で、あの校舎で、あのオフィスで身につけていたらもっと優しい人になれていたのかなぁなんて思ったりもする。

 

それにしてもだ。

「好き」も「嫌い」も慣れたくないな。

嬉しかったり、悲しかったり、寂しかったり、愛おしかったりするやん。

それが薄まっていくのが大人だと思ってたけど年々輪郭がはっきりしてきている気がしていて、大切に思えている。

喜怒哀楽も与えられているし、手にしてるなって思う。

 

好きだけど嫌いだし、嫌いだけど好きだな。

一筋縄で行かないものの方が楽しい。

デザインする

最近は自分に甘い自分との付き合い方が上手くなってきた。

 

夜、お風呂に入るのが面倒になってもちゃんと入れるように、仕事に行くときに髪のセットをする。

そうすることにより、ベタベタなまま寝たくないからお風呂に入らざるを得ない。

 

帰宅してご飯を食べて、なかなかお風呂に入れない時は走りに行く。

走ると汗をかくからお風呂に入りたくなる。

 

そうやって目的のための道筋を自分でデザインすることによって、結果に繋がる。

これはとても面白いなぁと思った。

 

髪のセットをすると身だしなみが整うし、走ると健康にいい。

そういう副産物も生まれている。

これをいろんなところに応用して、複利を受け取り続けようと思います。

知らない

いま読んでいる本によると

約15年後に世界の人口は15億人ほど増えるそうだ。

そして時を同じくして日本の総人口は1330万人減と予想されている。

 

15年後に世界では今の中国の総人口ほどの人が増えるのに

日本単体で見ると東京都まるまるくらいの人が減る。

 

最近巷で話題になっている年金制度の崩壊も納得の数字。

 

僕が生きている世界は「知らない事は罪じゃない」けど「知らないと不利」になるように出来ていて今からでもちょっとでも世間や身の回りのことを知る事はマイナスではないと思う。

 

知る事はとっても楽しい。

嫌いなものも好きなものも増える。

選ぶ楽しみも手放す悩みも増える。

 

協調性や質素倹約が美徳とされる同調圧力は国から見ると都合がいいんだろうなぁ。

やんわりとじんわりと貧しくなっていっても周りも不幸なんだから我慢しろ、で重くフタをされてしまいそう。

 

仮に今よりもっと閉鎖的に、窮屈になっても

僕たちはなんとかその中での、そのサイズでの楽しみを見出してやっていくはず。

柔軟性の無駄遣いというやつだ。

 

校則で禁止されたってスカートの注意されないギリギリの短さを見つけ出したり

クセ毛だ、で逃げ切れる緩さのパーマをかけたり

学ランの袖の内側からイヤホンを通し、肩肘をつく姿勢で片耳にイヤホンを入れて音楽を楽しんでいたり

決められた制約の中でのささやかな反抗が好き、というか出る杭にはなれない国民性であって、僕もそういう環境で育ってきている。

 

ただ、「知っている人」たちは自分なりの方法論、戦い方で義務と責任を果たした上で堂々と自由を楽しんでいる。

 

やっぱりそっち側の方が楽しいだろうなぁと思ってやまないので

出来るだけそちら側に進めるように、と思っている。

 

ニュースは連日辛い事件や誰かが起こした不祥事ばかり流し込んでくる。

そのくせ、本当に都合の悪い事は隠しているように思う。

 

明日も生きていることが当たり前ではないという出来事が現実として隣り合わせのところにある。

 

やりたい事はやって

ヤりたい子とはヤって

会いたい人には会って

伝えたい事は伝えて

見たいものは見て

ちゃんと自分の時間を生きないといけないと強く感じている。

 

後悔のない生活を。

 

□今日の1曲

迷ってるわけじゃない

もういっそこのまま

 

Traffic Jam / SPiCYSOL

 

新曲めっちゃいいや〜ん

ルミネtheよしもとに行った話。

昨日、有給を取ってルミネtheよしもとに行ってきた。

出演はキングコング次長課長、ハリセンボン、しずる、博多華丸・大吉、プラスマイナス、ライセンス、村上ショージ etc...

 

キングコング目当てで行ったけど、どの芸人さんもまぁ皆さん当たり前のように面白い

お笑いって関係性もモロに出るし、磨き上げたネタで笑いを取ることもあればその場の空気をリアルタイムで掴んで笑いに変えることもできる。

 

ボケてツッこむという定番の形もあれば、ボケを受け入れちゃったり、ボケに飲み込まれたり、そういうキャラクターが面白かったりする。

いろんな角度から笑わされて、顎が疲れるほどでした。

 

笑うってとっても大切やなぁと思ったし、おもしろおかしいことが口をついて出るような日々を過ごしたいよなぁって改めて感じた。

 

とてもいい1日だった。